「超個別具体的な話を1対1で聞くこと」に心から熱中してしまうと気づいて幸福度MAXになった!

 

あなたが心から熱中することはなんですか?

 

 

と聞かれたら、私はこう答えるだろう。

 

 

「超個別具体的な話を1対1で聞くこと」です。

 

 

 

 

 

 

これに気づけたことはめちゃめちゃ良い契機だって、気付いた時から、ものすごく幸せな気持ちになった。今もそうだ。自分の好きなことを認識できて、肯定できて、言葉で言えるようになった。とっても嬉しい。

 

 

 

 

 

21歳、女、女子大生。

 

 

 

 

これまで好きなことや趣味がないことを少しコンプレックスに思っていた。

 

 

何か1つの事柄に没頭した経験もないし、興味があちこちと飛んでしまうタイプで。新しいものへのチャレンジが好きだったから、如何せん「継続」したことがない。

 

 

水泳、バスケット、テニス、野球、チアリーディング

トランペット、コルネット、パーカッション、ギター、ビオラ、オルガン、

 

 

 

書き出すだけで山ほどの経験が出てきちゃうのである。

 

 

 

そんな中、就職活動中に困ったのは「あなたの熱中してきたことはなんですか」という問いだった。

 

 

 

上述の通り、あれも〜これも〜体力がある限り色々やってきてしまって、それなりのレベルに達してしまったら「次の自分」を見てみたくて、飛んでいってしまう。

 

 

 

テニス部の副キャプテンは気付いたら2年後に弦楽部の部長になっていたし、3年後にはチアリーダーとしてステージで涙を流していた。

 

 

 

 

 

そんな私だったが、「心から熱中していること」を発見できた。

正確に言えば、「気づかせてもらった」。

 

 

とある認知科学の研究者の方に、人生相談という名の午後ティータイムを申し込んでいて、その方の行ってくれた内省タイムによって改めて自分を見つめ直すことができた。

 

 

 

 

 

「超個別具体的な話を1対1で聞くこと」

 

 

 

 

 

 

認知科学のお兄さんがやってくれたワーク。

 

Time、Money、Space、Energyとあり、自分の大切だと思うものから書き出していき、内省をするというものを行った。

 

 

どの枠よりも先に「Energy」の欄に「誰かの話を聞く、話す」を書き、「恋人、家族の話であればなお良い」、とEnergy2の部分に書いた。

 

 

 

逆に持ち物であったりお金には全く関心が湧かず(ブランド物や高級品には一切興味がない)、強いていうなら人と会うときの交際費かな〜などと欄を埋めていった。

 

 

 

 

Energyの記入からはじまり、自分は「超個別具体的な話を聞くこと」にめちゃめちゃ熱中してしまうタイプの人間だと気付いた。どの欄もそのための道筋であったのだ。(Time=人と会う時間、Money=ご飯代 など)

 

 

 

 

今まで言葉をつけることができなかった、自分の熱中していること・心から幸せだと満たされている時間に名前をつけることができた。

 

これからは胸を張って「私が熱中してしまうこと」をいえる。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

人のライフストーリーを聞くのが大好きだ。

 

どんな感情に従って、どんな経験から、今私の目の前にいる人が物事を考え、誰を愛し、誰に愛され、たまには誰かを憎み、そして生きてきたのか。

 

 

 

 

 

 

誰だって完璧ではない。

それぞれがあらゆる超個別的な経験の中で揉まれて、異なる価値観を持って生きている。

 

 

人と話すたびに個性や価値観の違いを感じて、話した後はその人と私の関係性が変化していて、笑顔が変わって、めちゃめちゃテンションが上がる。

 

 

 

キラキラとしているように見える人にだって、そうじゃない部分もあるし、人間臭いところもたくさんあって人間って面白くて最高だ。

 

 

 

 

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人の核心に触れた

コアな部分をあなたと一緒に覗くことができた

理解はできないかもしれないけど。

 

あなた を ちょっと しる ことができた

 

 

 

 

 

そんな瞬間に感じる幸せがひとしおなのだ。

 

 

 

だから、人に会うことはやめられない。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

なぜそうなのだろうか?

 

 

 

これは原体験に基づいているのかなあと思う。

 

 

 

高校時代に付き合っていた彼氏が「オープンになること」「弱みを見せること」は恥ずかしくない、と教えてくれた。

 

 

 

 

母子家庭、長女。

 

迷惑を掛けないように、自分が頑張らなくちゃ、と幼心に思い続けていた自分は、あまり本音を言わない優等生にいつの間にか成長していた。

 

 

 

 

小学校の両親の離婚。

中学の時の母親が心を病んでしまっての数ヶ月間の入院。

 

ただでさえ一人親だったのに、家の中に親がいない状態(2つ年下の弟はいるが)が訪れたりもした。

 

幸い中学校は給食だったからお弁当まで作らなくても良かったが、朝晩家事は色々とやったし、そんな中で苦しくて泣いていたようなこともあったりなど。

 

 

心のどこかで、「強くならなくちゃ」ってずっと思い続けてきたのかもしれない。

 

 

 

そして高校生の時、初めてしっかり人とお付き合いをした。

 

 

 

その彼は私の弱い部分も、過去のバックグランドも、悲しかった思い出やコンプレックスも全て包み隠さず聞いてくれて、そんな私を嫌いにならず受け入れてくれていた。

 

 

初めは話すのが怖かったし、そんな自分を知られて嫌われるんじゃないかと思っていたけれど、そんなことはなかった。

 

 

 

「強くある必要」なんてなかった。彼の前では。

 

 

 

 

 

オープンになることは怖くないし、その人の今は過去の全てから作られているのだから過去を否定する必要はなくて、どんなあなたでも愛してくれる人がいる。

 

 

愛は何一つとして同じものはないけれど、わたしたちの心にもたらしてくれる栄養は計り知れないみたい。

 

 

 

過去の体験、自分が話す、ことで自分自身を曝け出す、相手とストーリーを共有していく、そのフェーズでの自分の変化、相手の変化、関係性の変化。

 

 

 

 

 

 

 

多分、そんなところに喜びと可能性を感じて、私は「超個別具体的な話を1対1で聞くこと」にめちゃめちゃ熱中しちゃうようになったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の惚気話なんて最高のご褒美だよね!

 

この気づきは一生ものです。ありがとう認識科学のお兄さん〜